たまりば

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2018年08月07日

往復はがきの印刷しました。

こんばんは、




コロ君の日本探訪
コロ君の日本探訪



オンシジウム
オンシジウム
http://hanayakaigyo.com/




花言葉 「可憐」「一緒に踊って」


検索画像を見ると、、
本当に人が踊ってるみたいです。


往復はがきの 印刷しました。
往復はがきの印刷しました。



午前中、雨が降っていて
気温も外気温で21度でした。
午後からやってないことを始めていました。
ここ1カ月近く異常気温で
クーラーの利かない部屋での
作業はやめていました。
それは、お盆の棚をそのままにしていました。
外の仕事はできても、
室内のところで長時間いるととても
体がもたないので
棚や掛け軸の片づけを
きょうはやっていました。
そして、9月に母の三回忌の準備のために
その連絡の往復はがきの
印刷しました。



  


  • Posted by おっさん2 at 23:56Comments(0)歴史生活暮らし

    2018年07月12日

    仏様を迎える神棚を作っていました。

    こんばんは、



    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪




    チドリソウ
    チドリソウ
    http://hanayakaigyo.com/





    花言葉 「陽気」「快活」



    そんな名前の花があるんですね。
    千鳥というと、、最近ないけど、、
    千鳥足が浮かんでくる。



    仏様を迎える神棚を作っていました。
    仏様を迎える神棚を作っていました。



    明日は,迎え火です。
    お寺に出かけていました。
    ここへ来ると地域の人の話を聞くことができます。
    長年のお寺との付き合いです。
    ここに来れることは家を維持してきたことです。
    我が家は400年続いている家ですが、
    江戸時代にはうちの畑のそばで、
    物取りに殺されたこともありました。
    でも、親戚縁者つなげてきました。
    家に戻り明日の迎え火の準備で
    仏様を迎える神棚を作っていました。
      


  • Posted by おっさん2 at 20:10Comments(0)歴史生活暮らし

    2018年07月04日

    多摩ニュータウン開発に反対してきた農家です。

    こんにちは、



    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪



    アスター
    アスター
    http://hanayakaigyo.com/



    花言葉 「変化」「追憶」「同感」「信じる恋」



    名前はよく見る花の名前ですが、
    身近にはないです。






    最近、都市近郊農業の農地の法律が
    変わろうとしています。
    そして、日本の都市景観が都市計画として
    大きく変わろうとしています。
    そのことについて、
    昨夜こんなことを書いていました。



    多摩ニュータウン開発に反対してきた農家です。
    多摩ニュータウン開発に反対してきた農家です。



    俺、子供のころから多摩ニュータウン開発に
    反対してきた農家です。
    国の住宅政策にものを言ってきた親子でした。
    その結果、、八王子や多摩地区でこのような
    環境を残してきたのはないと思っています。
    これからの農地が都市と永続的に形勢していくには
    農家の町に対する思いがなければ制度が変わっても
    変わらないと思う。
    写真は自分が住むユギムラ牧場周辺です。
    新住宅市街地開発法で網掛けされた開発区域から
    逆線引きで市街化調整区域にして、
    周辺をUR との協議で6ヘクタールの
    近隣公園の里山公園にし、
    奥座敷を東京都環境局による7ヘクタールの
    里山保全地域指定してきた環境です。  


  • 2018年06月29日

    最近、いつ地震が来てもおかしくない

    こんばんは、



    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪



    熱帯スイレン
    熱帯スイレン
    http://hanayakaigyo.com/



    花言葉 (スイレン)「清純な心」「信頼」「信仰」





    ハスだか,スイレンだかわからないけど
    田んぼにFIOメンバーが植えています。



    最近、いつ地震が来てもおかしくない
    最近、いつ地震が来てもおかしくない




    妻の理学療法士さんによる
    リハビリをやっている間に
    農協に出かけていました。
    我が家の家は87年目を迎える、、
    今風に言うと古民家です。
    今まで考えたことがなく
    建物共済はこのぐらいの金額という
    感じで2000万円補償でずっとやってきました。
    最近、いつ地震が来てもおかしくないと
    言われていることもあって、
    共済係の方と雑談で
    共済の上限というのが建物の広さによっても
    金額をあげることができることがわかりました。
    建坪が50坪以上あることで
    3000万円でもいいということで、
    その手続きを始めることにしました。


      


  • Posted by おっさん2 at 00:57Comments(0)自然エネルギー自然歴史生活暮らし高齢福祉

    2018年06月27日

    15年の時間を費やし今があります。

    こんばんは、




    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪




    エキナセア
    エキナセア
    http://hanayakaigyo.com/


    花言葉 優しさ  深い愛  ただよう品格  あなたの痛みを癒します






    この花を見ていて、、出てきた言葉が「神秘」でした。



    15年の時間を費やし今があります。
    15年の時間を費やし今があります。


    きょうは、妻の理学療法士さんが
    リハビリしてる間に子安町の
    グループホームで現地で都議会議員に
    現場を見てもらって、
    今の障害福祉の現場を見てもらっていました。
    30年前に多摩ニュータウンが
    できていく中で八王子市地域には
    障害者が通う施設はありませんでした。
    そんな家族と出会い、
    父が俺の土地を使えと提供したことから
    我が家との障害福祉施設との
    かかわりが始まりました。
    そして、父が亡くなったことで
    自分の役目は何かと問い詰め、、
    みんなの楽園にするために
    東京都の都庁に通い、
    無認可の施設を国の認証の社会福祉法人に
    してきました。
    今では90名以上の利用者が
    通う場になってきました。
    15年の時間を費やし今があります。  


  • Posted by おっさん2 at 02:05Comments(0)地域歴史障がい福祉多摩ニュータウン

    2018年06月23日

    とても、いろんな人を知ってるんですね。

    おはようございます。



    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪




    ギボウシ
    ギボウシ
    http://hanayakaigyo.com/




    花言葉 「沈静」





    これ、我が家の庭と牛小屋にあったと思う。
    管理できてない。


    とても、いろんな人を知ってるんですね。
    とても、いろんな人を知ってるんですね。



    金曜日の4チャンネルの映画のオープニングの
    音楽を聴きながら3時まで寝てしまいました。
    昨日の朝、9時半に二日続けて
    都議会議員に会っていました。
    障害福祉のグループホームに
    かかわる陳情をしていました。
    そして、家に戻り庭の剪定で切ったり、
    燃やしたり、、、
    午後5時に訪問歯科衛生士さんが来て
    妻の口内を見てもらっている間に、、、
    とても陽気な歯科衛生士さんです。
    俺の一生を話していました。
    そしたら、、
    とても、いろんな人を知ってるんですね。と
    いわれていました。


      


  • Posted by おっさん2 at 05:19Comments(0)歴史医療生活暮らし

    2018年06月17日

    40年近い時間の流れは人それぞれの人生があるんですね

    こんばんは、



    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪




    ヒポエステス
    ヒポエステス
    http://hanayakaigyo.com/



    花言葉 全ての人々への優しさ、美の秘密



    これは農業体験農園施設の入口に植えてあります。
    これも、舩木さんが植えてくれていました。



    右端の友も若くして亡くなっていました。
    右端の友も若くして亡くなっていました。


    きょうは、40年近く前に若き頃に
    社会人サークルのOB会の
    会報が送られてきました。
    俺、20歳の時にユースホステルを使って
    1カ月間、2月から3月にかけて
    北海道一人旅をしていました。
    その多摩地区のホステラー会員が集まった
    グループ多摩というグループで
    活動していました。
    御岳山の清掃ハイク、
    子供たちを集めて御岳山でチャイルドホステリング、、
    50km、100kmウォーキングをやっていました。
    そのOB会の会報にも懐かしい人が
    亡くなったりと悲しい出来事が起きていました。
    40年近い時間の流れは人それぞれの
    人生があるんですね。
    自分にもあの頃の思い出がありました。
    写真の右端の友も若くして亡くなっていました。  


  • Posted by おっさん2 at 02:08Comments(0)歴史ブログ仲間

    2018年06月14日

    蚕さんが桑の葉っぱを食べる音を聞きながら寝ていました。

    こんばんは、



    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪




    カシワバアジサイ
    カシワバアジサイ
    http://hanayakaigyo.com/




    花言葉 慈愛、汚れなき心、清純、皆を引きつける魅力、元気な女性、優美。





    この紫陽花が我が家の庭にあったらにぎやかですね。



    蚕さんが桑の葉っぱを食べる音を聞きながら 寝ていました。
    蚕さんが桑の葉っぱを食べる音を聞きながら寝ていました。



    きょうは、さっき建築家のfacebookに
    こんなことを書いていました。


    わが家の家は昭和5年に建てた家です。
    住む家というよりも南多摩郡由木村は酪農と養蚕で
    家の作りは蚕室になる家です。
    そして、2階は繭を採る場でした。
    そんなこともあって小学校に上がるころまでは
    夜に蚕さんが桑の葉っぱを食べる音を聞きながら
    寝ていました。
    そんな家です。

      


  • Posted by おっさん2 at 01:05Comments(0)地域歴史生活暮らしfacebook

    2018年06月08日

    「不動産屋さんかな?」

    こんばんは、



    コロ君の日本列島
    コロ君の日本列島


    アジサイ・アナベル
    アジサイ・アナベル
    http://hanayakaigyo.com/



    花言葉 『ひたむきな愛』『辛抱強い愛情』





    2年前に阿部さんのところの日本フラワーで
    母の日に買った紫陽花のダンスパーティーを
    庭に植えていたので青々とした木になり
    咲き始めています。



    自分の住む町の歴史を教えていると・・・・・?
    自分の住む町の歴史を教えていると・・・・・?



    きょう、堆肥舎の仕事を終えて
    家に向っていると気になる人が
    歩いていました。
    「不動産屋さんかな?」
    ここは調整区域だから仕事できないよと
    いうつもりで、、、「どんな用事ですか?」と
    聞いていました。
    そして、自分の住む町の歴史を教えていると・・・・・?
    もしかして、最近,facebookで
    友達申請してきた人と聞くと・・・そうです。
    びっくりです。  


  • Posted by おっさん2 at 01:37Comments(0)歴史里山ブログfacebook

    2018年05月28日

    3時間ほどぶっ続けに肩掛け草刈機で刈りまくっていました。

    こんばんは、


    コロ君の日本探訪
    コロ君の日本探訪



    サンタンカ
    サンタンカ
    http://hanayakaigyo.com/




    花言葉 喜び・謹厳・張り切る・可憐・熱き思い



    一度だけ、、どこかで見ています。




    きょうは本格的に家の周りの草刈りをしていました。
    3時間ほどぶっ続けに 肩掛け草刈機で
    刈りまくっていました。



    3時間ほどぶっ続けに 肩掛け草刈機
    3時間ほどぶっ続けに 肩掛け草刈機



    さっきこんなことを書いていました。長文です。

    昔、美濃部都知事時代に多摩ニュータウン開発で
    東京都に八王子の酪農集落を残して欲しいと
    請願していました。
    昔は国レベルでは社会党などは野党の存在はありましたが、
    市レベルでは多摩ニュータウンに反対と言えるのは
    共産党しかありませんでした。
    八王子市が国に逆らうことなどできない時代でした。
    自分が二十歳そこそこのころ、
    多摩ニュータウンという国策に反対することが
    とても大変な時代にどうふるまっていたかと言えば、
    請願,請願と「お上」に逆らっていました。
    その時代に、、肝っ玉おばちゃんが都議でいました。
    都議の後藤マンさんという医師の都議会議員さんと
    日々を共にしていました。
    後藤マンさんという都議会議員さんが当時の都議会本会議で
    美濃部知事の口から国策である多摩ニュータウン開発から
    酪農集落を存続させると答弁を引き出してくれました。
    しかし、日本住宅公団は建設省に類するところで
    都知事の発言など聞く耳などありませんでしたが、
    昭和50年代のオイルショックで多摩ニュータウン開発の
    縮小していくことで酪農存続の道が見えてきました。
    自分は日本の社会の農家で頑張っている人は
    いっぱいいるとは思いますが、
    そんな経験がとても自分の肉となっていることを
    最近感じるこの頃です。
    自分のやってきたこと自分でほめる
    気持ちです。  


  • Posted by おっさん2 at 01:43Comments(0)牧場農業政治歴史町づくり暮らし多摩ニュータウン