たまりば

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2017年04月01日

生まれた地で暮らせることが 自分が社会福祉法人にしたことの目標

おはようございます。



コロ君の日本探訪
コロ君の日本探訪


ゲンペイカズラ
ゲンペイカズラ
http://hanayakaigyo.com/





花言葉 親友、個性の強さ、チャンス到来。




たぶん見たことないかな。
源氏や、平家とくれば、、
我が家は400年ぐらい前の北条氏の
地侍の落人が多摩丘陵に散らばった
子孫です。


孝君のお墓参り
孝君のお墓参り


昨日は、今年も親なき重度障がい者4人兄弟のお墓参りを
やっていました。
自分はかたくりの家時代に母子家庭で通所していた
孝君を入所施設に暮らしているので付き添いを
毎年やっています。
我が家の畑にログハウスのかたくりの家ができた
当初から通所していた孝君です。
彼は自分でかたくりの家まで通っていました。
行き帰りに我が家の家の前を通り過ぎるときに、、
家に向かって「こんにちは」「こんにちは」と
叫んでいる彼でした。
その孝君が南大沢に移り住み、
新居が火事で燃えてしまい、
その近くのアパートに引っ越しした時に、
彼のお母さんはくも膜下出血によって
亡くなってしまいました。
その時に、自分の父も亡くなって
相続時でもありました。
それは、畑にあるログハウスの無認可施設の
小さな施設をそのまま相続していくか
瀬戸際の時でもありました。
孝君のお母さんの告別式に出ていました。
かたくりの家のお母さんたちの口々から
孝君の家の財産が乗っ取られてしまうんじゃないかという
噂をそこで聞いていました。
孝君の家はもともと農家でアパートも
いっぱい持っている家でアパート収入も
たくさんある家でした。
本来、その母子家庭をお世話していた方が
とても不可解な感じで告別式にもかかわって
いないことでした。
自分は父の相続で法務局に通って
相続手続きを自分でやっていたこともあり、
孝君の土地登記謄本をすべて調べた中で、
とんでもない事実を知ってしまいました。
赤の他人が土地を担保に多額な資金を
借りていて、返済されてないことや、
お母さんにすべての財産を赤の他人に
贈与するという遺言書を書かせていたことが
わかりました。
そのことで日本でも有名な障害者弁護で
副島洋明弁護士と出会いました。
副島弁護士と裁判で孝君の兄弟の財産の確保のために、
その家に殴り込み的なことをやったりもしていました。
その時に、副島先生が、
ただの牛飼いの俺に、、お前、、今あるかたくりの家を
立派な福祉施設にしてやれと言われていました。
父の相続時に決意しました。
あらゆるところで俺はかたくりの家を
社会福祉法人の福祉施設で国にも認められる
施設にすると暴言を吐いていました。
言葉だけでなく、行動しました。
八王子市の社会福祉協議会事務局、
東京都福祉局、東京都社会福祉協議会へと
酪農の仕事しながら取り組みました。
10年かかるよと法人担当の職員に言われていましたが、
素晴らしい人との出会いの中で、
日野市で活躍しているNPOやまぼうし理事長の伊藤勲さん、
1級建築士で滝乃川学園にもかかわってた
五反田の後藤さんの出会いで
3年で法人認可にたどりつきました。
自分は孝君の出会いで副島弁護士さんと出会い、
伊藤勲さんと出会い、後藤建築士さんとの出会いで
社会福祉法人由木かたくりの会という立派な
施設にすることができました。
昨年、由木かたくりの会は10周年でした。
しかし、通所の事業所でしかありません。
孝君を生れた地に一緒に暮らすためには
グループホームの開設をしなければ孝君を
由木かたくりの会に来てもらうことができません。
すでに、グループホームを地域の猛反対されてしまう中で
3年かけて第1号を開所できましたが、
そのグループホームは土日対応ができないために
孝君に来てもらうことができません。
その365日対応の事業ができるまで
孝君のお墓参りに今後もかかわっていきます。
そして、今年は4人兄弟で初めての
1泊旅行をしようとお墓参り後に
かたくりのレストランでケーキを食べながら
決まりました。
孝君のお墓参りが終わることで
由木で生まれた地で暮らせることが
自分が社会福祉法人にしたことの目標に達します。
それまでみなさんよろしくお願いします。